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アオバトはどのくらいの数がいたのか 

私のアオバト仮説 その6

田端
2002.02.10
 世界のアオバトの仲間たちのなかで、海水吸飲という珍しい習性を持つのは日本のアオバトだけのようだ。その海水吸飲を記述している文献記録は、わたしが調べてきた範囲では昭和年代の前には見つかっていない。
 狩猟鳥獣の記録を調べているうちに、アオバトたちは日本にどのくらいの数が生息していたのか、また現在はどうなのだろうか、そんな疑問が湧いてきた。改めて小樽市の佐々木勇さんの文章が気になってきた。

アオバトって百万羽以上もいたの?

 昭和56年、日本野鳥の会小樽支部長の佐々木勇さんは小樽市張碓のアオバト生息地を天然記念物に指定して欲しいと北海道教育委員会に陳情書を提出した。
 そのなかで「アオバトの生息数の消長」についてこんなことを書いておられる。
 「アオバトがまだ狩猟鳥であった最後の年の、昭和21年のハト類の全国の捕獲数は186万2,388羽であるが、翌22年法改正によって、アオバトが狩猟鳥から除外され、キジバトだけしか捕獲できなくなった年の、キジバトの捕獲数は71万9,517羽であってこの差、114万2,871羽。
 この百万羽余の中にアオバトの数が含まれているのである。
 従って、昔は全国で少なくとも百万羽以上のアオバトが生息していたのではないかと推測されるが、現在は激しく減少しているものと思われる。」     (アンダーラインは田端注記)
 “百万羽以上いたかもしれない!”
 これは大変な数である。都道府県数で荒っぽく割ってみても、各県2万羽は生息していた計算になる。
 最近話題の鳥、カラスの生息数を比較に持ち出してみると、東京都内だけで3万羽以上のカラスが、周辺地区も含めれば約8万羽が首都圏に生息しているとの推測や、神奈川県で行ったねぐら調査では県内のカラスの数は約4万1千羽との推定もある。
 カラス並みにアオバトが当時生息していたことになる。 佐々木さんを疑うようで申し訳ないがひとつ調べてみよう。

昭和21年までの統計上の「はと」とは?


 佐々木さんの文章にある「狩猟鳥の捕獲数」を自分の目で当たってみようと思って国会図書館に行って来た。
 次のグラフを見ていただきたい。


 このグラフを作成したデータベースは参考文献 リストにあるC,D,Eの文献で、すべて年度の記録である。グラフの折れ線がとぎれている個所について説明しておこう。

 【欠落1】昭和18年から昭和20年までの3年間は戦時下で記録がとれなかったものと推察される。

 【欠落2】昭和36・37年の断絶は文献Dの各年度の合冊からこの年度分が欠号となっていたためである。

 【欠落3】昭和48年から54年、59年から61年までについては私がまだ資料にあたっていないためである。

 資料Cは1963年に当時の担当者が過去の数字を1冊にまとめたもので、その際キジバトと統一表記したものである。 しかし、昭和22年に法改正がなされ、それまで「はと」が狩猟鳥だったのが、「きじばと」が狩猟鳥にと変更された。
 貴重な原資料であるA、Bでは「はと」の捕獲数として報告されている。
 佐々木氏の指摘は【欠落1】のすぐ後の昭和21年の186万羽から昭和22年の72万羽への大激減である。
 これらの数字は正確なものかどうか?
 「はと」の数にはどんなハト類が含まれているのか?などの疑問が出てくる。
 昭和21年と22年の数字の都道府県別の「はと」→「キジバト」の大きく減少したところを抜き出してみると、鹿児島県が約21万羽、埼玉県が約10万羽、栃木県、熊本県、三重県が約6万羽、静岡県、宮崎県が約5万羽の減と続いている。
 減少分が仮にアオバトだとしたら、これらの県がアオバト多生息県ということになりそうだが、果たして本当だろうか?


 終戦直後のハト類の捕獲数の多さにも疑問がある。
 捕獲数と生息数との関係はどうなのだろうか。
 平塚市博物館の浜口さんにも相談したが、「キジバト以外の鳥種でこのような大激減が起きているかどうかを調べてみたら」とアドバイスを受けた。また国会図書館に行って調べてみよう。
 1969年林野庁刊行の『鳥獣行政のあゆみ』にもあたってみたい。
 当時の狩猟界の実情に詳しい方に聞くなり、関係資料を探すなりしてさらに調査するしかない。これは次回にまたレポートしたい。

参考文献
日本野鳥の会神奈川支部  2001: “神奈川県におけるカラス類の集団ねぐらの変遷” BINOS VOL.8
松山資郎 1997:  野鳥とともに八○年 文一総合出版
A 農林省畜産局 1932:  狩猟統計 昭和七年度
B 農林省山林局 1936:  狩猟統計 昭和十一年度
C 林野庁 1963:  狩猟免許者の鳥獣捕獲の統計 1963年版
D 林野庁 鳥獣関係統計 1963-1974(各年度合冊)
E 環境庁 鳥獣関係統計 1974〜
農林省畜産局(山林局)1998: 『鳥獣報告集』復刻版 皓星社
(社)大日本猟友会 2000:  鳥獣保護及び狩猟に関する法令集

貴重な基本データが散逸してしまっている


 今回は「私のアオバト仮説」の本題から離れるかもしれないが、こうした過去の文献調査にあたっての「行政機関の基本資料軽視」について、どうしても“告発”しておきたい。
 国会図書館を利用された方ならおわかりと思うが、図書閲覧の手続きに大変な時間がかかり、一度に借り出して読めるのは3冊だけ。
 最近の資料はあとで県の資料室にでも行って読めばいいやと考えたのが大間違いだった。
 ついでにと立ち寄った環境省 自然環境局 野生生物課鳥獣保護業務室でも「古い統計はありませんね」といわれ、イヤな予感はあったのだが、それから大変な県内資料さがしが始まったのだ。
 結論から言うと、県内の公的施設で10年以前の「鳥獣関係統計」を読もうとするとまずその希望は叶えられない。
 私の試行錯誤を繰り返さないためにもしっかりと記述しておこう。
 神奈川県環境農政部緑政課野生生物班 “いま手許にはありません”との回答。 後刻メールで問い合わすも返事なし。
 県民部広報県民課分室県政情報センター」 平成3年度分までは書棚に置いてあった。“それより古いのは公文書館に送りました”
 県立公文書館  “まだ開館して淺いのでその資料の古い分はありません。収蔵スペースはたっぷりありますが、寄贈してこないと揃っていないケースもあります”                     
 神奈川県立図書館 “お探しの資料はありません”
 横浜市立図書館  文献Aと文献Bがあった。文献Cが1923年から60年までの原資料をまとめ直したものであったため、当時の資料の様子がわからなかったので、A,Bは貴重な原資料だったのだ。
 県湘南地区行政センター環境部環境保全課 最近の年度の「鳥獣関係統計」が揃っていた。 大日本猟友会の『鳥獣保護及び狩猟に関する法令集』の存在を教えていただき、これは助かった。
 【欠落3】を埋めるため、結局私はまた国会図書館に行かなければならない。
 “電子県庁の実現へ向けて”という県広報のタイトルが何とも白々しく思えてならない。

 

※ 神奈川県の”かながわの環境” http://www.fsinet.or.jp/~k-center/index.htm